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新刊紹介
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琉球の蝶 ツマグロヒョウモンの北進と擬態の謎にせまる
伊藤嘉昭 著
A5判,105頁,¥2800+税(東海大学出版会,2009年12月5日刊)

 著者は,日本の個体群生態学者として著名な伊藤嘉昭博士である.沖縄のかんきつ類の内地への販売を阻害していたミカンコミバエに対して,不妊化ハエを放逐して防除するなどの功績をお持ちである。自然観察の延長上の博物学的,自然史的な生態学(こういう分野を現在は生態学とはいわないのかもしれないが)と一線を画し,SCIENCEとして社会に応用できる生態学を確立した.日本の個体群生態学は,経営学的な理論を導入して,生物の生存戦略を対象にしたアメリカ生態学の潮流にそった研究領域のように思われた.伊藤博士の著書は「動物生態学上・下」「比較生態学」など,ともかく小難しい数式が多数出てきて理解が困難な書物が普通であった.その点,本書は一般向けの生態学の読み物である.非常に平易で分かりやすく,おまけに薄くて読みやすい.

 本書は近年,東京でも頻繁にみられるようになったツマグロヒョウモンを材料に,その北上と擬態についての研究をまとめたものである.北上については,ナガサキアゲハやミナミアオカメムシなどの分布状況と気象データを利用して説明している.擬態には,ベーツ氏型擬態とミュラー氏型擬態というものがある.ベーツ氏型擬態は無害なハナアブが有毒なハチに似ることによって攻撃を回避するような様式であり,ミュラー氏型擬態はハチ同士が模様を似せることによって周囲に有毒であることを知らせる様式である.ツマグロヒョウモンは従来,カバマダラ,スジグロカバマダラという毒蝶をモデルにしたベーツ氏型擬態と考えられてきた.ところが,現状はツマグロヒョウモンだけが北上しており,擬態モデル種は食草の不在のために北上していない.本書では,実はツマグロヒョウモンはベーツ氏型擬態ではなく,本種自体が鳥類にとって捕食するとまずい種類であり,ミュラー氏型擬態ではないかという仮説をあげている.ただし,これらの主張の根拠の多くは,著者の弟子である京都大学大学院農学研究科の大崎氏の研究を引用したものである.

 本書はA5判のサイズであるが,105頁と薄く,しかも1頁あたりの字数が少なく、スペースが空いている.コストだけを考えると,この内容なら新書版で十分と思われるが,往年の著名な学者の場合は,平易な読み物本でも専門書的な扱いになったのだろう.

(中野敬一)
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